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【会員/専門家の声】「歴史資料ネットワーク」の川内淳史さんが、災害時に被害を受けた企業資料の救出に際しての問題点について投稿されました。 
 私たち歴史資料ネットワーク(略称:史料ネット)は、1955年1月の阪神・淡路大震災に際して全国の歴史学会の連合体として結成された、被災した歴史資料や文化財の救出・保全活動を行うボランティア団体です。私たちが主に救出・保全の対象とする歴史資料・文化財は、民間所在かつ未指定の歴史資料・文化財です(私たちの活動の概要については、拙稿「被災資料を救う:阪神・淡路大震災からの歴史資料ネットワークの活動」『カレントアウェアネス』No308、2011年6月をご覧ください)。
      http://www.current.ndl.go.jp/ca1743
 2012年10月現在、私たちのような活動をするネットワークは全国で22団体が存在しており、日常的な文化財防災のためのネットワーク構築を行うとともに、災害時における歴史資料・文化財の救出・保全活動の任にあたっています。

 災害時にはまず人命の救助が最優先されることは当然のことですが、その後、歴史資料や文化財等の救出活動がはじまる段階に至っても、日常的に行政の保護の対象外にある民間所在・未指定の文化財については、対応がどうしても後回しにされることがあります。
 こうした状況に対して、東日本大震災では文化庁が主導する「被災文化財等救援委員会」が阪神・淡路大震災に続いて結成され、同委員会による文化財レスキュウ事業が行われています。同事業では指定文化財などの狭義の文化財のみならず、民間所在・未指定の文化財、また現用公文書や図書資料といったような、より広い範囲を対象とした資料救済活動が取り組まれております。しかしながら被害規模が膨大かつ広範囲にわたることもあり、震災発生から1年半以上が経過した現在においても、未だ被災資料の救済活動が行われているのが現状です。
 私たちのような活動が必要とされるのは、前述のように民間所在・未指定の歴史資料や文化財が、日常的な文化財保護行政の範疇を超えるものとして存在しており、災害時にそれらを救出するシステムが確立していないという現状があるためです。また本来、日常的には文化財としてみなされない現用公文書や図書資料などについても災害時に救済するシステムが存在しないため、文化財レスキュー事業のような臨時的な枠組みによって対処せざるを得ないという現状もあります。
 同様な課題は、各企業が所持している企業資料についても共通するものだと考えます。今回の大震災に際しても多くの企業が被災し、被災した企業の資料も多大なダメージを受けましたが、企業資料の救済については、公文書や図書資料といった「公共財産」としてみなせる資料類とはまた違った難しい課題が存在しています。そのことについて、東日本大震災発生直後に私たちが経験したことを事例に、少しお話したいと思います。

 大震災発生から2ヶ月弱が経過した2011年5月はじめ、私たちのもとへ被災地のとある企業(A社)から電話でのご連絡をいただきました。お話しによると、いくつかの店舗が津波被害を受け、企業資料が水損してしまったとのことで、水損した資料をどうしたらよいか、というご相談でした。大震災後、いくつかのメディアで私たちの活動が報道されていたこともあって、こうした相談は既にいくつかいただいておりましたが、企業の方よりご相談を受けたのはこれが初めてでした。
 一旦お話しをお預かりして、当該被災地の資料ネットへ連絡をいたしましたが、そちらからは他の資料で手一杯で手が回らないとの回答を得ましたので、あらためてこちらからA社にご連絡をし、簡易的な応急処置法(送風乾燥など)をお伝えするとともに、水損資料が大量にわたる場合、こちらから人員を派遣してお手伝いが可能である旨をお伝えしました。A社のご担当者は、資料に機密情報や個人情報が含まれることから、一旦検討させてほしい、とのことでしたので、その日はその場で電話を切りました。後日、改めてご連絡さし上げたところ、「もう大丈夫です」とのご返事をいただいたということです。その後どのように処置されたのかは、こちらでは把握できておりません。

 この案件からは、災害時といえども機密情報や個人情報を外部に漏らすわけにはいかない企業資料を救出する際の難しさを感じました。企業にとって顧客の個人情報を保護することや、また事業遂行のための機密情報を外部、特に私たちのような民間ボランティア団体に委ねることが難しいという現状があることは理解できます。同様に資料の機密性ということについては、現用公文書も同様の課題を抱えていると思いますが、東日本大震災においては、全国歴史資料保存利用機関連絡協議会(全史料協)が中心となり、文化財レスキュー事業のスキームのもとで全国の公文書管理担当職員等が救出活動を担いました。一方企業資料については、現状では個々の企業それぞれが対処する以外の方法がなく、特に中小企業などについては本来修復可能な資料までも廃棄せざるを得ないのが現状であると考えます。

 今、日本列島は首都直下型地震も含めて、大きな地震災害が発生する可能性が高まっている現状にあります。また列島各地では毎年のように大規模な豪雨水害が発生している現状を考えますと、いつどこで大きな災害被害に遭うかわからない現状にあるといえます。
 災害は企業規模の大小に関わらず被害をもたらすものです。そのため個々の企業が日常から企業資料のリスクヘッジを行っておくことはもちろん必要なことですが、同時に、企業資料を取り扱う専門家がネットワークを構築し、いざという時の資料救済の枠組みを議論し、構築しておくことが必要なのではないかと考えています。

               歴史資料ネットワーク事務局長 川内淳史
                     http://siryo-net.jp



 
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