質問者:アサヒグループホールディングス株式会社 荒井光弘 回答者:日本図書館協会資料保存委員会委員 児玉優子
質問: AV資料(音声テープ、映像テープ)の保管に関しての質問です。弊社では現在AV資料の電子化(パソコンの外付けハードディスクへの保管)を行っていますが、オリジナルのAV資料(テープ類)については場所の関係で廃棄しようかとも考えております。紙資料ではオリジナルが重要、とのことですが、AV資料ではどのように考えたらいいのでしょうか?
回答: 視聴覚資料のうち、映画フィルムは適切な保存環境で100年以上の保存の実績があり、たとえデジタルで制作され、デジタルで上映された作品でも、「保存はフィルムで」が共通認識となっています。しかし、録音テープやビデオテープは、フィルムほど長い寿命は期待できません。フォーマット変換後もオリジナルは廃棄しない[注]のが原則ですが、VHSのように画質の悪いテープの場合でも保存すべきかどうかは、2009年のAMIA (Association of Moving Image Archivists)会議のセッション“Can You Play Your Old Videotapes?”でも議論が分かれるようでした。 一方、フォーマット変換で作成されたデジタルファイルも、長期保存についての信頼性は高くありません。 オリジナルを残すことには、以下のような意義があるでしょう。
(1)記録作成のコンテクストを示すものとして そのドキュメントは元々どんな媒体にどんな形で記録されていたのか、オリジナルには記録作成のコンテクストが内包されています。レーベルや容器にメモされている情報が重要なことは言うまでもありませんが、例えば撮影時期が不明でも、テープの型番やデザインから推測できるかもしれません。メモの筆跡も、撮影者を推測するヒントになるかもしれません。録音テープ・ビデオテープに記録されているコンテンツ(音声と画像)だけをデジタル変換してオリジナルを廃棄してしまったら、これらの手がかりも失われます。
(2)再デジタル化のマスターとして 後日、よりよい音質・画質で再度デジタル変換できる可能性が出てきたときのマスターとして活用できる可能性があります。仮に現在最高の音質・画質でデジタル化しても、5年後、10年後にはもっと高音質・高画質が標準的になるかもしれません。しかし、デジタル化と同時にオリジナルを廃棄すると、手元に残ったデジタルファイルを元に、それ以上の音質・画質に再変換することは不可能です。 フランスに、国立視聴覚研究所(INA)というテレビ・ラジオ番組のアーカイブ機関があります。膨大なコレクションをいち早く全てデジタル化したことで知られ、『世界最大デジタル映像アーカイブ INA』という図書でも紹介されました。果たしてデジタル化が完了して、オリジナルのテープはどうなったのだろうと疑問に思っていましたが、2008年11月にINAのジャン=リュック・ヴェルネ氏がシンポジウムのために来日された際にうかがうと、デジタル化した後も、将来よりよい変換方法が考案されるかもしれないので、オリジナルのテープは全て保存している、との回答でした。
(3)バックアップとして デジタルファイルは一定のエラー率を超えると突然再生不能になることがありますが、アナログの録音テープ、ビデオテープの場合は音質・画質の劣化は徐々に進行します。また、物理的に破損してもデータ喪失は部分的で済む場合もあります。デジタルファイルとは異なる特性を持つことから、バックアップとしての価値もあると思います。
以上、3つの観点から考えてみました。紙資料でオリジナルの保存が重要なのと同様に、視聴覚資料もオリジナルの保存に意義があります。しかし、実社会で保存を正当化して実行することは、必ずしも簡単ではありません。視聴覚メディアの脆弱性、再生技術に依存する点などを考えると、保存の正当化へのハードルは紙資料以上に高いと思われます。資料の重要性、希少性、保存スペース、劣化の度合い、再生機器の利用可能性、維持管理費などを検討して、保存と廃棄それぞれのメリット・デメリットを見極め、総合的に判断せざるを得ないでしょう。 なお、本稿は日本図書館協会資料保存委員会の見解を述べたものではなく、筆者個人の意見を述べたものです。 注:Association of Moving Image Archivistsの“Videotape Preservation Fact Sheets” p. [12] (http://www.amianet.org/resources/guides/fact_sheets.pdf) や、Association for Recorded Sound Collectionsの技術委員会による“Preservation of Archival Sound Recordings. Version 1” p. 2 (http://www.arsc-audio.org/pdf/ARSCTC_preservation.pdf) などで言及されています。
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